七人の侍■黒澤明クロニクル~14
黒澤明の最高傑作であるばかりでなく、日本映画、いや世界映画の最高峰に位置する作品として、どれほど誉めても誉めすぎではない作品です。こういった世間一般のこの作品への賞賛に対しなんの異存もありません。
映画の楽しさにまつわるすべての要素、スリル・サスペンス・アクション等々、そして恋愛までも盛り合せた、まさにごちそうと呼ぶになんの躊躇もない作品です。
黒澤は生前、日本映画はお茶漬の味のような淡泊な作品が多いので、ステーキの上に蒲焼を載せたような盛りだくさんのごちそうをこしらえたというようなことを語っていましたが、その言葉に嘘偽りのまったくないすばらしい作品に仕上っています。
しかしながら、この世界でもまれにみる大傑作に対し、1点だけ、ただ1点だけどうしても苦言を呈したいことがあります。
あの音楽、どうにかならないのでしょうか。
映画のあまりの壮大さ、骨太さに比較して、この俗な音楽が実にアンバランスです。
これが凡百の娯楽映画ならば何もいうことはありませんが、この世界映画史に残る大作としては、50年前の作品であることを鑑みてもあまりにチープに感じられます。
しかしながらこれは、あの武満徹にも影響を与えたほどの天才音楽家早坂文雄のせいではありません。黒澤自身にかかわるところが大なのです。
黒澤は晩年にNHKのBSで、この音楽の採用にまつわるエピソードを語っていましたがそれによると、早坂が披露する苦労して作りあげたいくつものスコアを次々に否定し、最後に残されていたメモ的なフレーズに目を止めて「これでいいじゃないか!」と決めたとのこと。こういう俗な旋律に惹かれるものなのでしょうか。
今までは意識して黒澤映画に登場した音楽についてはほとんど触れませんでしたが、クラシックの通俗名曲を、それもそのまま使わずに変形して使用することが特徴です。
『羅生門』でのボレロや『赤ひげ』の第九などがまさに好例ですが、そのほとんどがうまくいっていないように感じられます(ただし『乱』を唯一の例外として)。
この番組の中でさらに次のようなエピソードも語られていました。最初の犠牲者が出て悲しみに暮れる菊千代が、農家の屋根によじ登り旗を立てるシーンがありますが、あそこでトランペットに高らかに旋律を吹かせたのは自分のアイディアだというようなことを得意げに語っていました。
『野良犬』で触れたように、ラストであれほど見事な動(格闘)と静(ピアノ曲)のバランスを披露していたのとは対照的な、ベタな音楽の採用に違和感さえ感じさせます。
黒澤が幼少期からどのような音楽に触れてきたかはあまり語られておりません。明治生れの人としては音楽の感性は高かった方でしょうが、やはり時代の限界でしょう。音楽については専門家に任せるべきだったと思います。
以上、大傑作であるがゆえにあえて苦言を呈しましたが、しかしながらこの大作にとって音楽の凡庸さなどはほん擦過傷程度のもの。作品の評価を崩すまでには至っていないことはいうまでもありません。









Commentaires
こんばんは。先日はコメントいただきありがとうございました。
映画以外のブログもいくつか立ち上げておりまして、TB・コメントのレス怠っております(^^ゞ。
『ラストマン・スタンディング』ぜひ観てみますね。
ちなみに私事ですが、黒澤ブログがYahoo!登録されました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m。
Rédigé par: モカ次郎 | le jeu. 07 sept. 2006 à 22:47