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lun. 13 nov. 2006

地下鉄<メトロ>に乗って

 昔からよくある、自分や自分の肉親の過去に戻る話の一つですが(とはいっても、大傑作『バタフライ・エフェクト』の強い影響を感じさせます)、大きな特徴として東京の山の手を"ふるさと"にしたことが挙げられます。
 一般的には"ふるさと"のイメージといえば地方のことを指していました。地方の人が大都市へ上京し、成功して花を咲かせてお盆や正月に"ふるさと"へ凱旋するというサクセスストーリーや、あるいは逆に夢破れて"ふるさと"へ帰郷するというのが二極化したパターンでした。
 いずれにしろ"ふるさと"という観点からは、都市はよくて面白味のない土地、たいていは悪の巣窟のように描かれていました。つまり都市=悪・地方=善という公式がはびこっていたのです。
 これを打ち破ったのが「男はつらいよ」シリーズ。映画としては個人的にあまり買えませんが、ただひとつ評価できるのはこのような都市性悪説(?)を覆したことが挙げられます。
 あの作品のパターンは、葛飾柴又というれっきとした都市住民が地方へと出かけ、最後に"ふるさと"である東京に帰ってくるという、常套的な形式とはまったくあべこべのものでした。地方が"悪"であるかどうかはともかくとして、ここでは都市はあくまでも"善"として扱われています。
 こういう話はおそらくそれまで、あまり多く語られていなかったのではないでしょうか。
 ただしここに描かれている"ふるさと"は、東京とはいってもあくまでも下町。だからあれも一種の"地方"といえるのではないかという考え方もないではありませんでした。
 しかしながら本作となると、いよいよ山の手が"ふるさと"として描かれるようになったのです。

 ということで本作は、新中野という山の手中の山の手といっていい土地をひとつの原点として描いた点が特徴といえます。
 東京の山の手といえば、日本で一番面白味のない地域の一つでしょう。
 事実、標準語の定義は、東京の山の手に住んでいる中年の人が話す言葉とのこと。つまり日本ではもっともスタンダードな土地と思われているようです、よくも悪くも。
 この作品は、そういう面白くもなんともない土地を"ふるさと"としている主人公の話です。

 そしてその山の手の表現手段の一つとして、地下鉄を素材としていること。
 普通の鉄道だと、蒸気機関車や旧型客車が懐古的な素材として取扱われることが多いのに比べ、地下鉄というと無機質なものと思われがちですが、首都圏でいえば銀座線や丸ノ内線などはかなり昔から存在したものであることを忘れ去られがちです。
 つまりこの話、面白味のない土地を舞台に、面白味のない交通手段を素材にした映画といえます。

 実をいうと、かくいう自分も実家が山の手であり、しかもこの作品の舞台の一つである新中野にかなり近いところなのです。だから個人的にも、新中野や鍋屋横町(通称鍋横)という言葉に懐かしさを感じるものなのです。
 しかしながらそういう個人的な感傷を別にしても、今後はこういう傾向は増加するものと予想できます。
 その理由は、高度経済成長期に地方から上京した人たちがこういった山の手に住み着き、そこで生まれ育った世代が山の手をふるさとと感じるようになったこと、そして昨今の土地高騰から、これらの世代が独立すると郊外に拡散して住居を持つようになったため、自分たちの住処よりもはるかに都心に近いこれらの土地に対し郷愁を感じるようになったからなのです。
 事実この主人公も、かなり特殊ないきさつがあったにせよ、"ふるさと"が鍋横でありながら東急玉川線沿線在住という設定です。玉川線沿線というだけで具体的には特定されていませんが、三軒茶屋のような近隣ではなく東京市部かあるいは神奈川県であることはなんとなく感じられます(都区内で玉川線沿線ならば、タイムスリップした新中野からタクシーによる帰宅範囲に入りますから)。

 とはいいながら、実はここで描かれている新中野周辺の風情に対し、正直いってあまりノスタルジーは感じませんでした。
 この舞台となったのは東京オリンピック開催が間近に迫った60年代半ば。自分も就学前とはいいながら、この時代のことはかなり記憶に残っています。オリンピックも、甲州街道でマラソン見物をしたことは覚えているくらいですから。

 まず当時の地下鉄の駅の看板が、あのような赤い灯だったことは初めて知りました。おそらく丸ノ内線のイメージカラーからきているものなのでしょうけど、紺と水色のツートンカラーでしかなかったように思えますけど。
 そしてなによりも、駅周辺の商店街のたたずまい。いくら40年前とはいいながら、当時の商店があそこまで稚拙な看板や粗末な建物だったかどうか。50年代ならばともかく、60年代ともなれば、もうすこししっかりした印刷で書かれた看板や店構えだったはず。
 もっともこれらは、専門家が考証したものですからまちがいはないでしょうけど、なんとなく最後まで違和感を払拭できませんでした。

 あと、舞台となっている現代そのものがいつの話なのかも考えさせられました。
 東京オリンピックの頃ハイティーンだったならば、まさに団塊の世代で現在では60歳近いはず。
 しかしながら堤真治演ずる主人公はせいぜい40代にしかみえません。しかもしっかりと元気に浮気をしているくらい。となると舞台は、90年代ということでしょうか。最後にみちこの生年が明らかにされるので、そこから逆算しても、そのくらいの時代であったことはまちがいないでしょう。そして総武線(横須賀線?)の車輌も一昔前のものでしたから……。

 出演者はいずれも名演ぞろいです。
 堤真一は、このような平凡なサラリーマンを演じさせれば、今日では役所広司とならんでピカイチの存在ですし、田中泯も実に渋い演技で過去へのエスコート役を果していました。
 しかしながら大沢たかおの演技の幅には感嘆しました。出征軍人・闇市のいかがわしいボス・壮年期の傲慢な実業家・そして老年期と、1本の映画でこれだけ幅広い役柄を演じられ、役得であることばかりでなくそのむずかしい要求に見事に応えていました。

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