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août 2007 posts

jeu. 30 août 2007

オーシャンズ13

Bank
 シリーズの3作目などといえば普通は出がらしのようなもので、しかもオールスターキャストとくれば内容のなさを出演者で補うのが相場のようなもの。だから、とても見に行く気にはなれないものですが、このシリーズは前2作ともかなり面白かったので、充分観にいく価値はあると思いました。

 安定しているシリーズらしく、結局はいつもと同じくほぼ予想どおりの内容で、ほぼ予想したとおりの出来栄えとなりました。エンターテイメントとしては及第点に値するでしょう。

Danny
 前作"12"は第2弾ということもあって、ジュリア・ロバーツのセルフパロディやブルース・ウィリスのカメオ出演など、かなりお遊び的な要因がありましたから、その反動か今回はむしろ地味に感じられたくらいです。

 今回は女性の主要出演者は、エレン・バーキンただ1人でした。
 つけ鼻のマット・デイモンに誘惑される役でしたが、きわどいシーンなど皆無なのは、お子様にも観られるようにR指定を避けた配慮からでしょうか。

Saul
 このシリーズのいいところは、オーシャンの仲間たちのチームワークにあるといっていいでしょう。
 相手方の従業員を買収したりするなどのお膳立ては極力簡潔に絞り、カジノ荒しの本番に絞った構成は見事なもの。映画全体が軽快なテンポで描かれていました。

 結局のところ、往年の名TVドラマシリーズ「スパイ大作戦」の衣鉢を継ぐのは、トム様の俺様映画「ミッション:インポッシブル」シリーズなどではなく、この「オーシャンズ」シリーズなのではないでしょうか。

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ven. 17 août 2007

フリーダム・ライターズ

 『ミリオンダラー・ベイビー』のヒロイン、ヒラリー・スワンクが新任教師に扮し、ロスを舞台に、ひとくちにいえば荒れる高校を立直すという、実話に基いた話です。
 前半部はこのどうしようもない学校に赴任してきたヒラリー先生が、生徒たちとうち解けていく過程を描いたもの。そして後半は、さらなる教材が必要であることや、高学年になっても担任を続けようとするため、日頃からヒラリー先生の積極性を快く思わぬ保旧的な上司や先輩たちに疎まれ、学校側と対立していく話です。
 要するに、前半部の"生徒"対"先生"という対立が、後半に入ると"生徒+先生"対"学校"という図式に置き換わりますが、重点が置かれているのはもちろん前半部です。

 この映画の生徒たちは治安がきわめて悪い地域に住んでおり、ギャングたちの抗争にも巻きこまれやすく、死の危険にさえ常に晒されている状況にあります。
 そして生徒たちの人種にはアフリカ系、プエルトリコ系などが多く、その根底には人種差別問題があります。
 つまり荒れている学校とはいっても、一億総中流の日本とはかなり事情が異なるのです。

Freedomwriters_banner
 そして生徒たちが目を開くきっかけとなったのが、ヒラリー先生が語るホロコーストです。
 つい数十年前に起きた、人種差別の極致ともいうべきナチスによるユダヤ人大量虐殺の話をきっかけに、「アンネの日記」を読むだけでなくホロコースト博物館を訪ねたり、アンネをかくまった人が未だに健在であることがわかるとついには招聘して話を聞いたりすることになります。
 このようにして彼らは人種差別問題を発端として学術に目を開き、大学へ進学する者も輩出するほどになっていきます。

 しかしながらもっとも印象に残ったのは、成績が優秀であるため優等生クラスに編入できた生徒が、たとえば国語の授業で教師から、ある教本を読んだ感想について「あなたのような黒人の立場からどのように感じましたか」などというような尋ねられ方をすること。
 こういう場面は佳作『クラッシュ』にも描かれていましたが、一見平等にみえるアメリカ社会も、意識の底にはまだまだ人種というフィルターを通してしか視ることができぬもののようです。

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dim. 12 août 2007

夕凪の街 桜の国

 期待以上の作品でした。心揺さぶられる作品であるにもかかわらず、よくみると書法はきわめてストレートで技巧的なところはほとんどありませんでした(あるいは決して目立たぬような技巧を駆使しているのか)。
 たとえば前後編ともに入浴のシーンがありますが、対比のためのなんらかの記号かとも勘ぐりましたが決してそうではなさそう。
 だから正直いって、観ている時はやや弛緩したように見受けられるところも散見され、散漫に感じたところもありましたが(特に前半部)、思い返してみるとそれらもすべて印象に残るシーンばかりでした。
 まちがいなく今年観た日本映画の中で、もっとも印象に残る作品の1つでした。

 第2次世界大戦ものは映画・小説を問わず何度も撮られたり書かれたりしてきましたが、波というかブームとなった時期が何回かあったように感じられます。
 第1世代は終戦直後。第1次戦後派といわれる人たちが優れた小説を残しました。
 野間宏「真空地帯」や大岡昇平「野火」などがその代表です。直近の生々しい戦争や軍隊の体験を基にした作品群で、主に憎悪と批判で埋めつくされたような作品が中心になっています。

 第2世代は終戦から30年ほど経た時期に書かれた作品群です。やはり作者自身の体験を基にしていることに変りはありませんが、戦争批判のみならず戦争とその敗北によって歪められた自我を描くなどやや変容し多様化しています。
 小説でいえば、自分が読んだことがある作品だけ列挙しても、林京子「祭の場」、加賀乙彦「帰らざる夏」、郷静子「れくいえむ」などが挙げられます。

 そしてこの時期は、1970年に起った三島由紀夫の自刃に少なからず関係あるのかもしれません。
 少なくとも小説上では、戦争や敗戦について直接的には多くを語ることがなかったあの大小説家がいい遺さなかったことをあたかも補おうとするかのような感を呈していました。
 そしてさらにいえば、戦争や敗戦に対する見方も彼らの間にかなり温度差が感じられたものです。

 そしてこの数年に亘り映画・小説を通して発表された作品を第3世代と括れないものかと考えています。
 これらに共通している要素を発見するのはまだまだ先のことになるでしょう。ただ一ついえるのは、その多くが戦後生れや第二次大戦をほとんど知らない世代によって客観化して語られていることと、第二次大戦だけを捉えるのではなく、その後の復興や高度経済成長までを連続した流れとして捉えていることに特徴を感じます。

 これらの台頭の要因として誤解を恐れずにいえば、第二次大戦に対するタブーが解除されたことが挙げられます。
 昭和期あたりまでは、第二次大戦を語ることができるのは体験者のみであり、戦後世代は決して評論してはならないというような空気が充満していました。
 しかしながら彼らが老年期に達し鬼籍に入る人も目立つようになって、ようやくこういった封印が解き放たれたといっていいのかもしれません。

 この作品の感動もまさにそこにあるといっていいでしょう。
 戦争体験者にややもすれば散見されるようなお説教くささや、これでもかこれでもかというようなおしつけがましさやくどさなど皆無です。
 被爆体験を3代に亘って背負っていく過程が叙事詩のように描かれていますが、戦争批判も非常に緩やかで直裁的な表現は見受けられません。
 にもかかわらず、原爆投下が遺した傷跡が戦後60年以上経った現在でも決して癒されていないことがまざまざと示されています。

 鑑賞は109シネマズ名古屋でした。決して商業性が高い映画とはいえないにもかかわらず、メジャーのシネコンで上映されていたことは高く評価していいでしょう。
 そして私事ながら、今までこの映画館で観た作品に不思議とアタリがありませんでしたが、今回今年の日本映画でも1・2を争うことになるであろう傑作に巡り会ったことは僥倖でした。

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jeu. 09 août 2007

プロヴァンスの贈りもの

プロヴァンスの贈りもの
 ピーター・メイルの作品は、一時期集中して読んでいた時期がありました。
 メイルの作品に魅せられたというよりも、南仏という風光明媚な土地に対するあこがれからでした。今でも、世界でもっとも訪れたい土地といえば躊躇せず南仏を挙げるでしょう。
 ただし読んだのはエッセイや紀行文ばかり。小説はまったく読んだことがありませんでした。
 ということで、舞台や設定はだいたいわかっていたものの、作品としては未読でした。

プロヴァンスの贈りもの
 メイル作品が映画化されるのは本作が初めてというのも意外でしたが、てっきりフランス映画だとばかり思いこんでいたのに、ハリウッド製の、それもリドリー・スコットとラッセル・クロウという、『グラディエーター』でのコンビというのにも驚きました。
 しかしながらよく考えてみると、ピーター・メイルはもともとはイギリス人。南フランスに移住したのはロンドンでマスコミ関係の仕事に従事したあとであり、一連の南仏ものも地元民ではなくあくまでもよそ者の視点で描かれたものばかりです。
 そして本作も、ロンドンの金融マンを主人公にし、ふとしたきっかけから南仏を訪れるところから始まっているのです。

プロヴァンスの贈りもの
 ハリウッド映画のヨーロッパもの(日本をはじめとする東洋を舞台にしたものも同様ですが)は、作品によっては風土性が失われるものが多いので、そのことをかなり危惧していました。
 実際本作もイギリス人の視点で一人称的に描かれているので、セリフはほとんどが英語であり、南仏の情感がやや減殺された感じです。
 とはいうものの、メイルものに描かれている南仏は、もともとが余所者の視点で描かれたものばかりなので、これはこれで作品にマッチしているといえるでしょうけど。

 南仏プロヴァンスの風土を表現するための対比としてロンドン金融街をもうひとつの舞台に据え、地方=善・都市=悪という設定にし、主人公が次第に風光明媚な南仏に惹かれていき自分自身も変っていくという明晰な語り口は実にわかりやすいものがありました。

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ven. 03 août 2007

※姉のいた夏、いない夏。

 好みのタイプの作品。今はなき人を二人の登場人物が回想するという形式は、岩井俊二『Love Letter』に通ずるものがあります。
 あそこまで完成度の高い傑作とはいえないのが残念ですし、欠点も少なくありませんが、静謐な中にとても印象に残る作品でした。

 キャメロン・ディアスが非常によい。『メリーに首ったけ』で髪に天然(?)ジェルを塗りたくったり『チャーリーズ・エンジェル』で意味のないコスプレをくり広げるバカ映画御用達女優にすぎないと思われている方には、ぜひこの映画をお薦めします。
 しっとりとした演技というだけでなく、この人、意外なほどに60年代の雰囲気をただよわせています。それは単に、ベルボトムのジーンズを穿かせても実にサマになっているというだけではありません。彼女全体からの雰囲気が、あの時代を呼び起すのです。

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