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septembre 2007 posts

sam. 29 sept. 2007

スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ

 期待作が目白押しの9月公開作の中にあって、グラインドハウス2部作とならぶ3大期待作の1つでした。
 いずれもタランティーノが関係している作品ばかりですが、ところがいざふたを開けてみるといささか拍子抜け。なんだこんなものかというのが正直な感想でした。

 スキヤキウエスタンなどと称するからには、ハリウッド製西部劇でもなくマカロニウエスタンでもない、まったく独自の西部劇を創りあげたものと思いたくなるところです。
 ところができあがった代物は、単にマカロニウエスタンを日本の土壌に載せ替えただけ。
 それもそのはず、本作のストーリーはマカロニウエスタンの嚆矢となった『荒野の用心棒』の翻案なのですから。
(そして意地悪くいえば、黒澤明『用心棒』をコピーした『荒野の用心棒』のそのまたコピーともいえるでしょう)
 ハードボイルドな、バイオレンスを前面に出した西部劇というスタイルはマカロニウエスタンそのまま。ややユーモアの味付けも加えられていますが、これがどれくらい効いているかはわかりません。

 『用心棒』は、通りがかりの素浪人三十郎が、街を支配する2大ヤクザの勢力を互いにケンカさせ、双方をいっきに潰してしまおうとする話ですが、この作品での三十郎役の伊藤英明の役割が中途半端。
 三十郎や『荒野の用心棒』のクリント・イーストウッドと比べてもいささか影が薄く、桃井かおりとどちらが主人公なのか判然としないくらいです。
 だから、せっかく香川照之や佐藤浩一などの芸達者を揃えてもいまひとつぱっとしませんでした。
 このあたりは、脚本に難があるのかもしれません。

 とはいうものの、撮影の舞台となったロケ地の選択はなかなかのもの。
 庄内地方にロケしたものらしいですが、映画の雰囲気にピッタリと合っていました。

 最後の三つどもえの決闘は、『続・夕陽のガンマン』へのオマージュだろうか……。

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mer. 26 sept. 2007

HERO

 オールスターキャストにしてもちょっとやりすぎじゃないの? といいたいくらいの超豪華な顔ぶれでした。
 特に必然性が感じられない韓国ロケなどの金のかけ方もさることながら、演技や演出、そしてとりわけ脚本が実にていねいに作られているので、最後までたっぷりと愉しむことができました。堂々たるエンターテイメント大作です。

 テレビ版は断片的にしか観ていませんでした(わが家ではキムタクファンが多い割には、このドラマなぜかあまり人気がありませんでした)。したがって、テレビドラマを観ていることが前提の中井貴一のエピソードなども知りませんでしたが、本編には直接影響しないエピソードだったので、一種の遊びとしてあまり違和感なく観ることができました。

 キャスティングの中でちょっと面白かったのが森田一義。
 大物政治家ということで、もっと重厚な役者さんを選ぶべきところでしょうが、あえてひねって軽く描いたのでしょう。

 本作の位置づけとしては、同じフジテレビ関連の『踊る大捜査線』シリーズの後継と位置づけるべきでしょうか。
 キムタクと松たか子の関係が、織田裕二と深津絵里のそれと相応しているなど、いくつかの類似点が感じられます。
 あの作品は、単なる警察ものだけでなく、警察組織内部の対立や矛盾点を描こうとしていた作品です。
 これに対し本作は、組織の束縛がはるかに緩やかである検察というところもあり、組織が抱える矛盾や問題点などはあまり表出しませんでしたが、それでも特捜と一般検事の関係など、テレビ版とは異なりかなり『踊る大捜査線』の路線を志向しているようにも感じられました。
 今後続編も製作されるでしょうが、こういう路線が拡大されていくのではと予想されます。

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dim. 23 sept. 2007

プラネット・テラー in グラインドハウス

Planetterror1
 2部作のうち、タランティーノ版(『デス・プルーフ in グラインドハウス』)が予想外に面白くなかったので、こちらの作品にはかなり期待していたのですが、こちらも同様の結果となり、いささか肩すかしを食わされた感がしました。前作『シン・シティ』と比較しても、かなり落ちることは否めませんでした。

Planetterror2_2
 話としてはゾンビものの域を出ていません。
 要するに同監督の『フロム・ダスク・ティル・ドーン』の後半部分だけを拡大したような作品です。
 たしかに義足に填めたマシンガンなど小道具の面白こそ秀逸ですが、ゾンビものの枠を破ろうとして前半部を工夫するなどかなりの成功を収めた『フロム・ダスク・ティル・ドーン』にくらべ、かなり見劣りが感じられるのはなぜでしょうか。

 結局のところこのふたりは、タランティーノ脚本・ロドリゲス監督という組合わせがベストなのではないかと思った次第です。

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ven. 14 sept. 2007

リトル・チルドレン

 標題の意味は主人公二人の子供たちにかけて、この大人たちもまだまだ子供だといいたいのでしょう。
 しかしながら、男であろうが女であろうが誰だって(?)結婚して子供ができても、大なり小なりすてきな恋愛に憧れるものではないでしょうか、倫理性云々は別として。

 この手の映画はなぜか、女性側がいかに不倫に走るようになったかにかなり神経を遣うものです。
 男にとっては不倫などビョーキのようなものだからしかたないけど、女性は少し違うとでもいうのでしょうか。
 この映画も、すでに古典的な傑作となっている『ライアンの娘』から、最近では『あるスキャンダルの覚え書き』まで、過去からたくさん撮られてきた不倫ものの一つです。

 特にま新しさは感じられませんが、男の側が主夫だという点が変っていることと、ケイト・ウィンスレットが演じる激しいラブシーンが見どころということでしょう。
 しかしこの映画にはもう一枚ジョーカーがあります。元性犯罪者ロニーの存在で、この人物が物語にどのような影響を与えるかが見ものでした。
 この人物が物語全体に重低音のような陰をおよぼすのですが、最後は意外な結末を迎えることになります。……
 この人物をみていると、キリスト教でいう原罪という言葉を思い出させます。
 ある意味では、キリストのような役割を果しているともいえなくもないでしょう。キリスト教にはあまり詳しくありませんけど。……

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mar. 11 sept. 2007

トランスフォーマー

 『アイランド』の興行的な不調にもかかわらず、再度マイケル・ベイを監督に起用したドリームワークスですが、今度こそ大ヒットしたこともあって胸をなで下ろしていることでしょう。
 かなり前評判が高い映画でしたが、映像に関してはまさにそのとおりで、高度なCG技術を堪能させてくれました。

 悪いトランスフォーマー vs 良いトランスフォーマー+人間という図式はわかるにしろ、最後の戦闘シーンではロボット同士の戦いとなってしまうため、誰が悪で誰が善かとてもわかりにくくなってしまったのは残念でした。
 そしてそのロボットも、いかにも日本のロボットアニメに出てくるような平凡なデザインであることにもがっかりしました。
 とはいうもののこの映画、原案は日本のアニメだそうです。映画の中でもさかんにメイド・イン・ジャパンをヨイショしていたのも、たんなるリップサービスだけではないようです。

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sam. 08 sept. 2007

22才の別れ Lycoris葉見ず花見ず物語

 大林宣彦にとっての世界観は、ノストラダムスの大予言にあるように、世界は21世紀を迎える前に終焉を迎えるべきものだったとのことなのでしょうか。
 こういう感慨は、終戦後に天皇が発した人間宣言でよき時代の終りを迎えたと解釈した三島由紀夫や、明治維新について同じような感想を持っていた永井荷風や司馬遼太郎と相通ずるところがあるように感じられます。

 さて映画の感想ですが、悪いところをならべるときりがないくらい。
 とにかくセリフが最初から最後まで説明調。それを、あまりセリフ回しのうまくない役者さんが棒読みしているようなところもあり、感興を削がれること少なからずでした。
 演技経験の浅い多くの新人や新鋭の起用が果してプラスになっていたかどうかは首をかしげざるを得ません。
 また、筧利夫のいでたちも「踊る大捜査線」シリーズの新城管理官そのまんまというのはいかがなものだったでしょうか。

 そしてこの作品の最大の瑕は、タイトルにもなっている表題曲の濫用。
 自分もこの曲は、ニューミュージック時代のJポップ最高傑作の一つと思っていますが、だからといって映画の背景に最初から最後まで流しっぱなしというのはいただけません。名曲であるがゆえに、隠し味として用いるべきではなかったのではと思います。
 たとえば、作中ではフレーズをちらつかせる程度に抑え、最後にフルコーラスを、それも極力オリジナル版で流すようにすれば、ひときわ感銘も深まったことでしょう。
 そもそもこの作品、フォークギターでの弾き語りとしては名作ではあるものの、オーケストレーションに向いているとは思えないのです。

 また、作品全体に流れる古色蒼然とした雰囲気もどうにかならなかったものでしょうか。
 「22才の別れ」が流行っていた頃のような擬古的な雰囲気を醸しだそうとしたのでしょう。
 しかしながら、たとえば花鈴の実家のシーンなど、50年前の地方の旧家という感じ。
 これではまるで小津映画を観ているようであり、またこういうお膳立てで村田雄浩がフォークギターをつま弾くところなど、ミスマッチの感さえしたものです。

 そうはいうものの、この作品かなり印象が強かったことは事実です。
 一つには新人の鈴木聖奈が、なかなかの存在感を示していたこと。まだ荒削りな面もありますが、今後どのように成長していくかが楽しみです。
 そして主人公についても、先に述べたような点も気になりますが、やはりこのクールさは筧利夫ならではのもの。たとえば阿部寛や堤真一では、こういう味は出せないでしょう。

 そしてこの作品の真の舞台といえる臼杵の街を最後にほんのちょっと登場させただけというのも粋な扱いでした。
 大分三部作の1つとはいうものの、前半4分の3以上は福岡を舞台に展開される作品で、大分は主人公たちの出身地としてしか語られません。
 臼杵はいつ登場するのかと思いきや、最後に津久見ともども登場し、しかもこれ見よがしな観光的な視点ではないところもまたうれしいところでした。

 それにしても臼杵という街、海沿いの急斜面に寄り添うように軒を並べる街という点で、映像で観る限りは大林宣彦の故郷である尾道にとてもよく似ています。
 なお余談になりますが、お恥ずかしながら、映画を観ている時には、臼杵と杵築を勘違いし、てっきり臼杵を国東半島にある小都市とばかり思いこんでいました。

 しかし全般的にいえることは、この映画の好印象の大部分は、なんといってもあの名曲に負うところ大です。……つまり、音楽を抜いてしまうと果してどれくらい残るものがあるだろうかと疑問に思うのですが。

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mer. 05 sept. 2007

天然コケッコー

 今年公開された映画と比較するとすれば、片田舎を舞台にした作品ということでは『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』を、中学生の淡い恋を描いた作品ということでは『幸福な食卓』を挙げることができるでしょう。
 しかしながらこれらの秀作とはかなりタッチが異なります。

 前者は共同体(家族もまた広い意味での共同体)の怖さを描いた作品であり、また後者は(前者もそうですけど)家庭の崩壊という不安定な状況を描いた作品でした。
 これに対し、本作にはそのような恐怖感どころか陰さえも皆無です。
 喜劇ではないが決して悲劇ではなく、特別な盛り上がりもなくいわば平板な作品で、実に淡々としていますが、これほど陰のないにもかかわらず鮮やかな印象を与えてくれる作品もめずらしいです。

 この作品を観たもっとも大きなきっかけは、『メゾン・ド・ヒミコ』『ジョゼと虎と魚たち』(こちらは残念ながらいまだ未見)などの犬童一心映画で脚本を書いた渡辺あやが脚色しているからですが、この演出力にも舌を巻きました。あるいは、編集が優れているからかもしれませんけど。

 『夕凪の街 桜の国』と同様、なんのケレン味もない作品でこれほどの情感を見せてくれた不思議な力を持った作品でした。

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dim. 02 sept. 2007

デス・プルーフ in グラインドハウス

Deathproof1
 「キル・ビル」以来のタランティーノの新作。
 この人は著名な割に寡作なので、監督としては3年ぶりの作品です。

 こと監督業ということならば、タランティーノになぜあれほどの評価が高いのかがわかりません。
 『パルプ・フィクション』は周りがいうほど秀でた作品とは思えませんし、『ジャッキー・ブラウン』はこれといって才気を感じられず、『キル・ビル』も本当に面白いのは日本編の部分だけ。
 しいていえばオムニバス作品『フォールームス』の1編はなかなかイケるとは思いましたけど。
 総じていえば、短編はともかく長編には向かないのではないかという感をいだいています。

Deathproof2
 この作品もそうで、観ている間は、あいかわらずつまらない映画を撮るものという感想しか持てませんでした。もっとも最後の逆襲撃が少し面白いので、観終ってからふりかえるとそれほどでもありませんでしたけど。

 作品の大半は女たちの下品で冗漫なトークで占められています。
 こういう冗漫さはタランティーノの演出法で、殺戮やカーバトルのパートの緊張感を高めるために意識的に弛緩した状況を作り出していることは理解していますが、それにしても半分もあれば収まりそうな感じ。
 映像ならばともかく、会話だけでこれだけ延々続けられては退屈してしまいます。内容がきわどいので少しは間が持てますけど。

 「グラインドハウス」は、もう1本の作品と2部作となっているらしいですが、むしろロドリゲスが手がけたもうひとつの『プラネット・テラー in グラインドハウス』の方が期待が持てそうです。

P.S.

 一瞬カート・ラッセルをジェフ・ブリッジスと錯覚したのは自分だけだろうか……。

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